Type Something

おはようございます!三石です!
今日は、昨日の記事の続きです。
セッションをしていると、よく聞く言葉があります。
「母みたいには絶対なりたくないんです。」
母の価値観が嫌い。
母の生き方が理解できない。
母の弱さを見ると腹が立つ。
そういう感情を持っている人は、実はとても多いです。
でも、その話をもう少し聞いていくと
不思議なことが起きます。
母を否定しているはずなのに、
人生のどこかで
母と似た苦しみ方をしている
ことがあるんです。
私も思いっっっきり、
これ、やってました。
例えば、
母が
人の目を気にしていたなら
自分も人の評価に振り回される。
母が
自分を出せない人だったなら
自分もどこかでブレーキをかけてしまう。
母が
人生に後悔を抱えていたなら
自分もなぜか人生を止めてしまう。
「母みたいにはならない」
そう思っているのに、
結果的に似た構造を生きてしまう。
これは偶然ではありません。
人の無意識には
ある特徴があります。
それは
理解できなかった感情を、再現して理解しようとする
という働きです。
子どもの頃、
母が苦しそうだった。
でも
なぜ苦しいのか
子どもにはわからない。
すると無意識は
こう考えます。
「同じ状況を体験すれば、理解できるかもしれない」
そして大人になってから
似たような状況を
自分の人生で作り出すことがあります。
つまり
母の苦しみを、自分の人生で再現している
ということです。
これは、
母に縛られているというより
むしろ
母を理解しようとする愛
の形だったりします。
私自身も、
長い間この構造がわかりませんでした。
なぜ私は
こんな感情を持つんだろう。
なぜ
こんな苦しみ方をするんだろう。
自分の人生を振り返っても
理由が見つからない。
でもある時、
「あ、これ
母が感じていたものかもしれない」
と思った瞬間がありました。
母が感じていた苦しみを
私が再現している。
その可能性に気づいたとき
いろいろなことが
急につながったんです。
ただ、そこからが難しかった。
「じゃあ、どうすればいいの?」
しばらくの間
私は
母を理解したい気持ちと
そこから離れたい気持ちの間で
揺れていました。
でもある時、
ひとつ気づいたことがあります。
母は
母の人生を生きている。
私は
私の人生を生きている。
そして私は
母の苦しみを正当化するために
同じ人生を生きる必要はない
ということ。
むしろ
それを続けることは
母を救うことでも
理解することでもない。
ただ
同じ苦しみを
増やしているだけかもしれない。
そう思ったとき
少しずつ
認識が変わっていきました。
母は母。
私は私。
母の人生は
母のもの。
私の人生は
私のもの。
この境界が見えてくると
不思議なことに
母への怒りや憎しみも
少しずつ形を変えていきます。
もしあなたが
「母みたいにはなりたくない」
そう思いながら
なぜか似た苦しみを
感じているとしたら
それは
あなたが弱いからではありません。
もしかしたらそれは
母を理解しようとしてきた
長い愛の形
だったのかもしれません。
そして今
その構造に気づいたなら
ここからは
あなた自身の人生を
生き始めてもいい。
それは
母を裏切ることではなく
むしろ
連鎖を終わらせるという
新しい愛の形なのだと思います。
それでは、今日も愛を込めて。
三石 真己
この記事を書いた人

三石 真己(Maki Mitsuishi)
自己実現コーチ/水と声と意識の専門家。
19年以上にわたり「意識と現実の関係性」「人が同じパターンを繰り返す構造」を探究。
心理学の科学的視点とスピリチュアルの知見を融合し、思考・無意識・感情・身体感覚に直接アプローチする対話×構造化コーチングを提供。
本ブログでは、自己実現が進む人と止まる人の違いを、体験と構造の両面から綴る。