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前世のせいにしないでほしい—「なぜかこの状況で、この感情が出る」その正体—

2026/5/13 02:11

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セッション中に、こんな言葉をいただくことがあります。

「なぜかこの状況になると、この感情が出るんです。もしかして、前世の影響かな……?」

正直に言います。

私、このとき心の中で思うんです。

待って待って待って。前世のせいにしないで。笑

これ、笑って書いてますけど、実はかなり本気です。

「なぜかこの状況でこの感情になる」ということは、本人の記憶や経験では説明がつかない、ということですよね。だから「前世」という言葉を借りて、なんとか折り合いをつけようとした。

それって、すごく自然なことだと思うんです。

説明できないものに、どうにか輪郭を与えようとしている。そして、自分を納得させようとする。

で、納得して終わる。

これは、とてもとてももったいないことです。

「前世のせい」という解釈をしたとたん、その感情への興味が止まるんですよね。深掘りが終わる。探求が閉じる。

でも、本当はそこに、すごく大事なものが埋まっているんです。


「思い出せない」は、前世の証拠じゃない

たとえばの話をさせてください。

「高所恐怖症です」「先端恐怖症です」「人前に出ると体が固まります」——こういった、何かへの強い恐れや反応がある方って、結構いらっしゃいますよね。

こうした恐れの多くは、6歳頃までの幼少期の体験が影響しているケースがとても多いです。

状況を丁寧に整理して、その幼かった頃の自分に寄り添ってみると、すっと恐怖心が和らいだり、「あ、あの出来事だったんだ」と腑に落ちたりする。

でも——

その出来事が思い出せない、見当たらない。

そんなとき、「過去生の経験を引きずっているんだ」ということで、深掘りを止めてしまう。

ここなんです。もったいないのは。

「思い出せない」は、「この人生に原因がない」の証拠じゃないんです。

幼少期の記憶って、実は言語化される前に身体に刻まれているものがほとんどです。特に6歳以前の体験は、言葉として記憶されているというより、感覚や身体反応として刻まれていることが多い。

だから「記憶として思い出せない」のは当然なんです。

頭に映像が浮かばないからといって、「この人生には原因がなかった」にはならない。ただ、言葉より深い場所に刻まれているだけなんです。


前世は、変えられない

前世かどうかは、私には証明できません。あなたにも、おそらくできない。

ここはフラットに言わせてほしいんですが、前世の存在を否定したいわけじゃないんです。世界には私には理解できないこともたくさんあるし、魂が複数の人生をまたぐという概念を信じている人もいる。それを頭ごなしに「ない」とは言えません。

でも、だとしても。

「前世のせい」にすることで、変われる余地が消えてしまうんです。

これが、私が伝えたいことの核心です。

前世は、変えられませんよね。

もし本当に前世が原因だったとして、その前世に戻って何かをやり直す方法は、今のところありません。「前世のせいだ」という解釈は、ある意味で——

「私にはどうしようもない」という結論

に向かってしまう。

でも、今この瞬間の感情に気づくことは、できる。

幼少期の記憶を辿ることも、できる。

記憶で辿れなければ、身体感覚で辿ることも、できる。

「あの場面でなぜかこうなる」という反応のパターンを、今世の自分の体験の中から探していくことは、今日からできることなんです。


身体は、全部覚えている

少し深い話をしますね。

私たちが「記憶」と思っているものは、実はとても限定的です。

頭の中に映像や言葉として残っているものだけが記憶ではなくて、身体の反応、緊張の仕方、呼吸のパターン、胸や喉の詰まり感——そういうものすべてが、広い意味での「記憶」なんです。

たとえば、誰かに強く否定された経験が幼少期にあったとして。

その出来事を頭で思い出せなくても、誰かに意見を否定されそうになった瞬間、無意識に体がギュッと縮こまったり、声が小さくなったり、その場から消えたくなったりする。

これは身体が覚えている記憶の反応です。

「なぜかこの状況でこの感情が出る」というのは、多くの場合、こういう身体レベルの記憶が反応しています。

幼少期の、言葉にならなかった体験。ずっと飲み込んできた感情。「こうしなきゃ」と学習してきた行動パターン。

それらがすべて、身体の中に、今もちゃんと残っている。

前世じゃなくて、この人生の中に、ちゃんと理由があるんです。

だからこそ、アプローチできる。記憶として思い出せなくても、身体感覚から辿ることができる。「あのとき何があったんだろう」と頭で考えるのではなく、「今、体のどこが反応しているんだろう」と感じることから始めることができる。

これが、「この人生でちゃんと見ていく」ということです。


「前世かもしれない」は、入口にもなるし、出口にもなる

最後に、少し補足させてください。

「前世かもしれない」という解釈を、全否定したいわけじゃないんです。

この解釈が、探求の入口になることもあるからです。

「もしかして前世から引きずっているのかもしれない」と感じた瞬間に、「自分の中に何かある」という直感が生まれることがある。その直感自体は、すごく正直な感覚だと思うんです。

問題は、その先です。

「前世のせいだ」で終わってしまうのか、「じゃあ今世の自分を掘り下げてみよう」に向かえるのか。

どちらになるかは、その先を掘るかどうかにかかっています。

もし「なぜかこの感情になる」という場面に心当たりがあるなら、ぜひ一度こう問いかけてみてください。

「これ、この人生のどこかで、覚えた反応じゃないかな?」

幼少期の記憶を辿る。記憶で辿れなければ、身体感覚で辿る。

こんなふうにして、人生の「お決まりのパターン」から、少しずつ抜け出していくことができます。

前世に行く前に、今世をちゃんと見てみる。

案外、そこに全部あったりするものですよ。


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三石 真己

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この記事を書いた人

三石 真己(Maki Mitsuishi)

 
自己実現コーチ/水と声と意識の専門家。
19年以上にわたり「意識と現実の関係性」「人が同じパターンを繰り返す構造」を探究。
心理学の科学的視点とスピリチュアルの知見を融合し、思考・無意識・感情・身体感覚に直接アプローチする対話×構造化コーチングを提供。
本ブログでは、自己実現が進む人と止まる人の違いを、体験と構造の両面から綴る。