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1800万円と19年間の探究でたどり着いた、自己啓発の結論【シリーズ第3回】-「正しい人をやめた」

2026/5/1 02:11

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「いい人」より根が深い。

「正しい人」をやめたとき、人間関係が激変した話。


突然ですが、あなたはこんな経験はありませんか?

「頼まれたら断れない」

「場の空気を壊したくなくて、本音が言えない」

「人に嫌われることが、とにかく怖い」

これ、よく「いい人症候群」と言われます。

自己啓発界隈でも、

わりとよく取り上げられるテーマですよね。

でも今日お伝えしたいのは、それとは少し違う話です。

「いい人」よりも、もっと根が深いシャドウがある。

それが——「正しい人」です。

「こういう時は、こう返すべき」

「こういう場面では、こう振る舞うのが正解」

「あの人の言い方は間違っている」

「こうするのが、人として当然でしょ」

心の中に「正しさの物差し」を持っていて、

それに自分も、他人も、当てはめ続ける。

私自身、長い間ずっと

「正しい人」

をやっていました。

そしてこれが、人間関係において

「いい人」よりもずっと、消耗するパターンだったんです。


「いい人」と「正しい人」、何が違うの?

まず、この2つを整理しておきます。

「いい人」は、

相手に合わせることで関係を保とうとします。

断れない、本音が言えない、嫌われたくない——

恐れの方向が「相手から嫌われること」にあります。

一方「正しい人」は、

「正しさ」を基準に関係を保とうとします。

「こういう時はこうすべき」

「これが正解」

という物差しを持っていて、

自分もそれに従い、

相手にも(無意識に)それを求める。

恐れの方向が

「間違えること」

「間違った人と思われること」

にあります。

一見、「正しい人」のほうがしっかりしているように見えますよね。

でも実は、これがかなり厄介なんです。

なぜなら——

「正しい人」は、自分がシャドウを抱えていることに気づきにくいから。

「いい人」は、

「断れない自分」

「本音が言えない自分」

に、どこかで気づいていることが多い。

でも「正しい人」は、

「正しいことをしている」という確信があるから、

そもそも自分を疑いにくい。

シャドウは、

見えにくいところに隠れているほど根が深い。

だから「正しい人」のシャドウは、

「いい人」のシャドウより、

ずっとほぐすのに時間がかかるんです。


私が「正しい人」をやっていたころ

正直に話すと、私はかなり長い間、「正しい人」でした。

「こういう場面では、こう返すのが大人の対応」

「感謝するなら、ちゃんとこういう言い方をするべき」

「あの人のあの発言は、人としてどうなんだろう」

心の中に、

細かい「正しさの基準」がたくさんあって、

自分もそれに沿って生きていた。

そしてその基準から外れる人を見ると、ジャッジしていた。

表に出すことはほとんどなかったけれど、

心の中では

「あの対応は違う」

「こうするのが普通でしょ」

という声が、かなり頻繁に動いていたんです。

そして、その「正しさ」で

自分自身もがんじがらめにしていた。

今思うと、すごく大変な思いをしてきたなぁ

と感じます。

「こういう時は、こう返すべき」

という基準があるから、

とっさの反応が「正しいかどうか」で判断される。

咄嗟に怒ってしまったとき、

「こんな怒り方は正しくない」

と自分を責める。

感情的になってしまったとき、

「感情的になるのは未熟な証拠」

と自己嫌悪に陥る。

人間関係の消耗は、

「いい人」をやっていたときより、

「正しい人」をやっていたときのほうが

むしろ大きかったです。


「正しい人」のシャドウに隠れているもの

「正しい人」のシャドウを掘り下げると、何が出てくるか。

それは多くの場合、

「間違えることへの深い恐れ」と

「弱さを見せることへの恐れ」です。

特に私は、『恥ずかしい』が大きかったです。

「正しくいること」は、

ある意味で鎧です。

「私は正しい」という立場にいる限り、

批判されない。

間違いを指摘されない。

弱い自分を見せなくていい。

この鎧は、どこで作られるかというと——

やはり幼少期の経験が多い。

「正しくいなければ、周りを責めることができなかった」経験。

「なんで私だけ」という理不尽な痛みを、

「私はあなたたちとは違う」

という正しさで紛らわしていた、あの頃の私。

私の場合、

両親のいない環境で育つ中で、

「正しく振る舞うこと」が、自分を守る術でした。

そして実はこの術は母が採用している防御策で、

母への恋慕から、

強く、強く、このスキルこそが正解だと信じていた。

「かわいそうな私」は、

「みんなとは違ってちゃんとしている私」

でいないと、何を頼りにしていいかわからなかった。

でも、その鎧を着続けることのコストは、とても大きかった。

自分の「正しさ」から外れた感情を、認められなくなるんです。

怒り、嫉妬、ずるしたい気持ち、サボりたい気持ち、弱音——

これらは「正しい人」の基準からすると

「あってはいけない感情」です。

だからどんどんシャドウに押し込められていく。

そして第1回でもお伝えしたとおり、

押し込められたものは消えない。

別の形で、必ず出てきます。


「正しい人」のシャドウが出てくるパターン

パターン①:他者へのジャッジが止まらない

「あの人の言い方はどうなんだろう」

「なんであんな選択をするんだろう」——

心の中で、誰かを裁き続けている状態。

自分の中の「正しさの基準」

から外れた部分をシャドウに押し込めているから、

外側に同じものを見ると、強く反応してしまうんです。

パターン②:「すべき」で自分を追い詰める

「こういう時はこうすべき」

「こんな感情を持つべきじゃない」——

「すべき」という言葉が頭の中に多い人は、

自分自身を「正しさの物差し」で縛っています。

これが積み重なると、じわじわと消耗していく。

パターン③:感情的になった自分を激しく責める

怒ったり、泣いたり、感情的になった後に、

必要以上に自己嫌悪に陥る。

「こんな感情的な自分はダメだ」

「大人としてありえない」——

「正しい人」のシャドウが、

感情そのものを「間違い」として扱っているサインです。


「正しい人」をやめると、何が変わるの?

「正しさ」を手放すことは、最初、とても怖いです。

「正しくなかったら、どうなるんだろう」

「ちゃんとしていなかったら、見下されるんじゃないか」——

そういう恐れが出てきます。

でも、少しずつ鎧を外していくと、あることに気づきます。

「正しさ」を手放すほど、相手への眼差しが柔らかくなる。

自分に「間違えてもいい」を許せるようになると、

他者の「間違い」も許せるようになるんです。

ジャッジが減って、人間関係がふわっと軽くなる。

そして——本音が出てきます。

「正しい返し方」ではなく

、「私が今感じていること」を言葉にできるようになる。

それは時に不格好だし、うまく言えないこともある。

でも、その不完全な本音のほうが、

相手の心にずっと届くんです。

私自身、「正しい人」をやめていく過程で、

人間関係の質がまったく変わりました。

まっっっっっっじで変わりました。

表面的な「正しいやり取り」から、

「本音のやり取り」へ。

それがどれだけ豊かで、どれだけ楽なことか。

「正しい人」をやっていた頃の私には、

想像もできなかったことです。

正直、ここまできて初めて

「友人との付き合いって楽しいものなんだ」

と思えました。笑


「正しい人」から降りる、小さな始め方

① 「すべき」を「したい」に変換してみる

「こういう時はこうすべき」と思ったとき、

一度立ち止まって

「私は本当にそうしたいのか?」

と自分に問いかけてみてください。

「すべき」は外から課された基準。

「したい」は自分の本音です。

② 誰かをジャッジしていることに気づいたら、自分に向ける

「あの人のあの部分が許せない」

と思ったとき、

「私自身は、自分のその部分を許せているか?」

と問いかけてみる。

第2回でもお伝えした「投影」の視点です。

批判の矛先を自分に向けたとき、

シャドウが見えてくることがあります。

③ 「間違えた自分」を実況中継する

感情的になってしまった後、

自己嫌悪に入る前に、

「あ、今怒った。それだけ大切に思っていたんだな」

とただ実況してみる。

評価せず、ただ事実として見る。

これが、「正しさ」の鎧を少しずつ柔らかくしていく練習です。


「正しさ」の鎧を外した先にあるもの

「いい人」をやめることも、

「正しい人」をやめることも、

突き詰めると同じ場所に向かっています。

「本当の自分で、いること」。

仮面を外した自分、鎧を外した自分——

不完全で、感情的で、時に間違える自分——

それが「真我」と呼ばれるものの入り口だと、私は思っています。

「思い通りに生きる」とは、

すべてが計画通りにいくことじゃない。

自分の本音を知っていて、それに従って選択できること。

そのためには、「正しい私」という鎧の下にある、

「本音の私」に出会う必要があります。

その旅は、怖いけれど、きっと一番大切な旅です。


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きっと「自分の内側を見つめること」に、

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それでは、今日も愛を込めて!
三石 真己

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この記事を書いた人

三石 真己(Maki Mitsuishi)

 
自己実現コーチ/水と声と意識の専門家。
19年以上にわたり「意識と現実の関係性」「人が同じパターンを繰り返す構造」を探究。
心理学の科学的視点とスピリチュアルの知見を融合し、思考・無意識・感情・身体感覚に直接アプローチする対話×構造化コーチングを提供。
本ブログでは、自己実現が進む人と止まる人の違いを、体験と構造の両面から綴る。