Type Something

「あのことが不安で仕方ない」
「このままで大丈夫なのか分からない」
「何か起こりそうで、常に気が張っている」
そんな“未来への恐怖”を、
あなたも感じたことはないでしょうか。
私は長い間、
この「理由のはっきりしない不安」や「未来への恐怖」と
どう付き合えばいいのか分からずにいました。
ポジティブに考えようとしてみたり、
大丈夫だと言い聞かせてみたり、
行動して不安を打ち消そうとしたり。
でも正直、どれも一時しのぎでした。
そんな中で出会ったのが、セドナメソッドでした。
これは、
「感情を変える方法」ではありません。
「恐怖をなくす方法」でもありません。
むしろ真逆で、
感情を変えなくていい
という、とても拍子抜けするような考え方でした。
その上、『引き寄せ』にも効果的。
感情を変えず『望む未来』へ向かう。
そんな方法について、詳しく書いてみますね。
未来への恐怖を感じるとき、
私たちは無意識にこう思っています。
怖がってはいけない
不安になるのは弱いから
こんな感情、早く消さなきゃ
つまり、
感情そのものを敵にしている状態です。
でもここに、ひとつ大きな矛盾があります。
恐怖は
「あなたを苦しめるため」に出てきているのではありません。
本来は、
傷つかないように
危険を避けるために
生き延びるために
あなたを守ろうとしている反応です。
それを
「出てくるな」
「変われ」
「ポジティブになれ」
と押さえつけるほど、
恐怖は
「もっと大きな声で知らせなきゃ」と
存在感を増していきます。
セドナメソッドの根底にある考えは、とてもシンプルです。
感情は、抑えなくても、分析しなくても、
“許可されると自然にほどけていく”
ここでいう「許可」とは、
受け入れなきゃいけない、という意味ではありません。
戦うのをやめる、
という感覚に近いです。
恐怖があるなら、
「あるんだな」と認める。
それだけ。
未来への恐怖を感じたとき、
セドナメソッドではこんな問いを自分に投げかけます。
今、この恐怖を感じてもいい?
手放してもいい?
今じゃなくてもいい?
大切なのは、
「YES」と答えられるかどうかではありません。
問いを向けること自体が、
すでに“握りしめる力”を弱めているのです。
恐怖を
どうにかしよう
変えよう
消そう
とするのをやめた瞬間、
感情は
「やっと見てもらえた」
と言わんばかりに、
少しずつ緩み始めます。
セドナメソッドを使っていて、
私が一番驚いたのはここでした。
恐怖は、
消えた感覚がないまま、
いつの間にか弱くなっているのです。
さっきまであった胸の重さが、
少し軽くなっている。
未来を考えたときの
ザワザワが、
前ほど気にならない。
「手放そう!」と
力を入れたわけでもないのに。
それはまるで、
強く握っていた拳に
気づいたら力が入っていなかった、
そんな感覚でした。
この方法を通して、
私は恐怖に対する見方が
根本から変わりました。
恐怖は、
なくすべきものでも
克服すべき敵でもありません。
ただ、
「ここにあるよ」
「気づいてほしいよ」
と伝えているだけ。
それを
静かに聴いてあげると、
役目を終えたように
自然と引いていく。
水が
無理に流さなくても
高いところから低いところへ
自然に移動するように。
未来への恐怖を感じているとき、
私たちはすでに十分頑張っています。
これ以上、
自分を正そうとしなくていい。
強くなろうとしなくていい。
恐怖があってもいい。
不安なままでもいい。
そう自分に許した瞬間、
心と体は、
驚くほど静かになります。
セドナメソッドが教えてくれたのは、
「感情をどうにかする技術」ではなく、
自分をこれ以上追い詰めなくていい、
という“楽になる感覚”でした。
もし今、
未来が怖くて仕方ないなら。
まずは一度、
その恐怖に
何もせず、
問いだけ向けてみてください。
それだけで、
もう十分です。
セドナメソッドで感情を手放していくと、
もうひとつ、はっきりとした変化が起こります。
それは、
「本当の自分(真我)」の感覚が前に出てくること。
恐怖や不安に強く反応しているとき、
私たちは無意識に
・守ろうとする自分
・評価を気にする自分
・失敗を避けたい自分
の声で選択をしています。
けれど、感情への執着がゆるむと、
その“防衛の声”が静まり、
もっと奥にある、落ち着いた視点が現れます。
焦らせない
煽らない
否定しない
ただ「今、何が自然か」を知っている自分。
それが、
真我の自分です。
ここで面白いのは、
感情を手放すほど
「瞑想している時間」よりも
「瞑想状態で生きている時間」が増えていくことです。
思考が止まる、というより
思考に巻き込まれにくくなる。
未来を考えても
体が過剰に反応しない。
今この瞬間に
自然と戻ってこられる。
これは、
座って目を閉じる瞑想と
本質的には同じ状態です。
セドナメソッドは、
感情を通して
日常そのものを
瞑想に近づけていく方法とも言えます。
感情を手放し、
真我の自分でいる時間が増えると、
人生の選択が変わります。
頑張って引き寄せようとしなくても、
無理にポジティブにならなくても、
・今、違和感がないか
・これは自然か
・力が入っていないか
そんな感覚を頼りに、
結果的に「近道」を選んでいることが増えていきます。
引き寄せの法則で語られてきた
「波動」「在り方」「一致」という言葉は、
実はとてもシンプルで、
余計な感情の握りを手放した先に、
すでに用意されている状態なのかもしれません。
未来を変えようとしなくていい。
自分を正そうとしなくていい。
ただ、
今ここで
感情を手放す。
その積み重ねが、
一番静かで、
一番確実な
「望む未来への近道」になっていきます。
それでは、今日も愛を込めて。
三石 真己
この記事を書いた人

三石 真己(Maki Mitsuishi)
自己実現コーチ/水と声と意識の専門家。
19年以上にわたり「意識と現実の関係性」「人が同じパターンを繰り返す構造」を探究。
心理学の科学的視点とスピリチュアルの知見を融合し、思考・無意識・感情・身体感覚に直接アプローチする対話×構造化コーチングを提供。
本ブログでは、自己実現が進む人と止まる人の違いを、体験と構造の両面から綴る。