Type Something

3月9日はレミオロメンの日?|「常識」を疑うと見えてくるもの

2026/3/8 15:01

引き寄せても変わらない。頑張っても報われない。

その理由、1800万円かけてやっとわかりました。
ほぼ毎日、メールで話しています。

無料で読んでみる

合わなければすぐ解除できます。

今日は3月9日。

レミオロメンの日です!

…嘘です。笑

でも、

「あ、そうか」

と思った人、結構いらっしゃるのではないでしょうか?

今日は、
「常識」という観点から、少しお話ししてみたいと思います。


「3月9日」と聞いて思い浮かぶもの

「3月9日」と聞くと、

・レミオロメンを思い出す人
・卒業ソングだなと思う人
・特に何も思わない人
・そもそもレミオロメンって何?という人

きっと、いろいろですよね。

でも、そのどれもが正解です。

ここで少し面白いことに気づきます。

私たちが「当たり前」だと思っていることって、
実はただの思い込みだったりするんです。


常識って、誰が決めたの?

例えば、こんな言葉。

・大人なんだから、ちゃんとしないといけない
・迷惑をかけてはいけない
・人に嫌われないようにしないといけない
・もっと頑張らないといけない

どれも一度は聞いたことがありますよね。

でもよく考えてみると、

これって
絶対のルールなのでしょうか?

実は「常識」というものは、

誰かが正式に決めたわけでもないのに、
みんながなんとなく信じているものだったりします。


人の意識は、とても柔らかい

だから、今日みたいに

「今日はレミオロメンの日です!」

なんて言われると、

一瞬、
「あ、そうか」

と思ってしまう。

人の意識って、
それくらい柔らかくて、

それくらい簡単に
前提を受け取ってしまうものなんです。


私たちの人生も、前提でできている

ということは、

もし私たちが

「私はこういう人間だ」
「私の人生はこういうものだ」

そんなふうに思っていることがあったとしても、

それもまた、
どこかで受け取った前提なのかもしれません。

だから、ときどき立ち止まって
自分に聞いてみるのもいいと思うんです。

「それ、本当に常識?」

「それ、本当に私?」

こんなふうに。


前提をゆるめると、世界は少し広がる

こうして、ほんの少しだけ
前提をゆるめてみると、

今まで当たり前だと思っていた世界が、
少しだけ広く見えることがあります。

そして、その瞬間に生まれる
小さな余白。

それは、

「何者でもない、私。」

という感覚です。

役割でもなく、
評価でもなく、
誰かの期待でもない。

ただ、そこにいる自分。


「何者でもない時間」が尊重になる

この「何者でもない」時間を持つこと。

それは、自分を尊重する
ということにもつながっていきます。

私たちは普段、

「こうあるべき」

という前提の中で生きています。

でも、その前提を少し外してみると、
もっと自由な自分が見えてくることがあります。


今日は3月9日

今日は3月9日。

レミオロメンの日ではありませんが、笑

もしよかったら、

「自分の常識」を一つだけ疑ってみてください。

もしかするとそこに、
新しい自分の入り口があるかもしれません。


もしこの記事を読んで
「ちょっとわかるかも」 と思ったら、
それだけでも 十分な気づきです。

こういう、
日常で見落としがちな視点を
メルマガでも ゆるくお届けしています。

読むだけでもいいですし、
返信で感想や意見を送っていただく方も増えてきて、
これが意外とご好評いただいてます。

言葉にして、書くだけで、
「あ、こう思ってたんだ!」って
気づくこともたくさんありますよね。

合わなければ すぐ解除できますので
よかったら 覗いてみてくださいね。

メルマガ登録はこちらから。

それでは、今日も愛を込めて!
三石 真己

ALL

LINE登録はこちら

引き寄せても変わらない。頑張っても報われない。

その理由、1800万円かけてやっとわかりました。
ほぼ毎日、メールで話しています。

無料で読んでみる

合わなければすぐ解除できます。

この記事を書いた人

三石 真己(Maki Mitsuishi)

 
自己実現コーチ/水と声と意識の専門家。
19年以上にわたり「意識と現実の関係性」「人が同じパターンを繰り返す構造」を探究。
心理学の科学的視点とスピリチュアルの知見を融合し、思考・無意識・感情・身体感覚に直接アプローチする対話×構造化コーチングを提供。
本ブログでは、自己実現が進む人と止まる人の違いを、体験と構造の両面から綴る。